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 ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 ロックンロールであそぼ。

この世には不思議なことなどなにひとつないのだよ。

・新曲のお知らせで一気に生きる喜びが増し、フルスロットルを踏み込んだものの、よく考えたらまだ発売までは2ヶ月以上もある訳で、冷静になったついでに改めて真剣に自分の生きる道・立場・社会的位置・未来への展望などを考えたあげくにすっかり弛緩、連日の暑さも相まってのんべんだらりと過ごしております。

・この間、ハウリンキャッツで角田光代さんの小説『八日目の蝉』が面白かった、ということを書いたら、その後、「私も読んでみたら角田さんの書くものが面白くて、ほかの作品も読んでしまった」というメールなどをいただきました。こうしてつながっていくのっていいですね。私もその後、角田光代さんの『対岸の彼女』を読みました。この小説の大きなテーマは女ふたりの友情です。女性の友達同士、というのは、男性の友達同士(ヒロトマーシー、言うに及ばず)に比べて、物語になりにくいというか、やっぱり女ってどっかで嫉妬とか、汚い面があったりするし、憧れるのは男同士の友情だよね、となりがちなのですが、私はこの「女同士の友情」というのがすごく好きです。ただ、男同士の友情に比べて湿った部分が多いと誤解されるせいか、書くのが難しいのだろうなあ、あんまり「いいな」と思う物語ってなかったんですね。あ、これは映画だけど「テルマ&ルイーズ」とか「ゴーストワールド」は好きだな。男同士の友情の話なんかよりぜんぜんカッコいいよ。小説だと桐野夏生さんの『OUT』が抜群ですね。で、今回読んだ角田光代さんの『対岸の彼女』が、久しぶりにこの女同士の友情の物語として、すばらしく良かったです。女性の友達同士というのは、ほんとうにいいものです。私にはあらゆる意味で気の置けない女性の友達が何人かいますが、どれだけ離れていても、彼女たち全員が私の誇りであり、絶対的な同士であります。

・その「絶対的な同士」である私の友人のひとりが最近BLLに移住しました。BLL。・・・・・・ボーイズ・ラブ・ランドであります。一部の男性には「女性同士の友達ってなんかべたっとしているじゃない。トイレとかも一緒に行ってさあ」とよく嘲笑されたりするものですが、そうですね、私とBLL移住者はたいそう「べたっ」としております。自分がいいと思うものはさっそく相手に勧めます。相手の趣味はおかまいなしです。相手の趣味に立ち入らない、みたいなさばさばしたところなど何一つありません。勧められた相手も特に拒みません。というわけで、BLL移住者のバカは大量のBL小説をうちに持ち込んできましてね、重い本持ってマジでやってくるというのにも驚きましたが、私も活字に関しては博愛主義者なものですから、律儀にぜんぶ読みました。
今回持ち込まれた小説は、なんでだか「アラブの小国王子と日本人のきれいな男の子」が恋をする、という設定が多かったのですが(たぶんあいつの趣味なんだろう)、BL小説の書き手さんたちはみんなアラブをどういう国だと位置づけているのでしょうか。アラブから日本人をつけねらうという国際的なストーカーを繰り返したあげく、とつぜんプラベートジェットでやってきて「お前を気に入った!」と自国に日本人少年を拉致してみたり、近隣国で奴隷売買(たいてい媚薬をいけない場所にすり込まれて大変)という時代錯誤なイベントが発生したり、実際にアラブの人が読んだら、笑うくらいならまだしも、怒り狂われたらどうすんだ、と思う内容が多かったです。でも、いろいろ面白かったです。この友人は私が文章を書くことが好きなのを知っていますので「これらを読んで参考になったらお前もBL小説を書け」と恐ろしいことを言います。「じゃあ、ヒロトさんとマーシーを主人公に」と試しに言ってみたら「それは嫌だ」と即答されました。べたっとした女の友人同士にも譲れない線というのはやはりあるようです。そして、ギターのバンダナ野郎と針金ボーカリストのBL小説がひっそりと発売されたら、それは8割方、私である確率が高いです。

・BLにいい加減飽きたあとは、やたらと「太い」「熱い」「濃い」小説が読みたくなって(えろい意味ではありませんよ)本棚の奥に並べてあった京極夏彦の京極堂シリーズを再読。確か最初に読んだのは学生のときだったと思うんですが、そのとき「あんまり面白くねえな」と思ったはずの『鉄鼠の檻』というシリーズ第4作目かな、いちばん分厚いやつが今回面白くて面白くて、何が面白いって、もう主人公たちとか殺人の謎とかどうでも良くて、物語の中に組み込まれている禅についての蘊蓄が楽しくて、そこばっかり読んでいました。
座禅とか瞑想というのはつまるところ自分を追いつめるための修行で、結跏趺坐して断食し、ずっと瞑想していれば幻覚のひとつやふたつ観る訳ですよ、でもそれが「悟り」かというとそれは全然違うのだそうです。菩薩が自分のもとにおりてきた、まばゆい光に包まれた、何を観てもそれを「悟り」と思わずに、むしろその幻覚さえ「はねのける」ことで、本物の悟りに一歩近づける。なんかすごい幻覚が見えていてなお「はねのける」精神力というのは相当だなあ、と思うし、なるほどなあ、悟りっつーのはすげえな、と感心もしました。
やや暴論のようですが、もしかしたらロックンロールもおなじなのかもしれません。ライブに行って、耳をつんざく轟音の中で押されて踏まれてというのは一種、自分を追いつめる修行に似ています。そこで幻覚とか観るわけですよ。これはほんとにね、観るんです。苦しさも極まると、失神しかけたりしてね、ステージの上の人が光ってる感覚とか持っちゃうんです。神降臨かと思いますよ、ほんとに。
でも、それはまだまだロックンロールの入り口なのかもしれないなあ。私は今までライブでの自分の超個人的体験(いわゆる宗教的法悦に似たもの)をさんざん書いて「ライブはすごい」「クロマニヨンズはすごい」って思ってきたけど、実は禅のように、その体験すら一回否定して、幻想を超えたさらに先に、ものすごいロックンロールがごろんところがっていたらどうしましょう、なんてことを延々考えていたのでありますよ。まあ禅と違ってロックンロールは楽しいものなんだから、そんなまじめに考えなくてもいいじゃんとも思うのですけどね。ごちゃごちゃ考えているのが好きなんですね。京極堂シリーズの主人公である中禅寺秋彦は「この世に不思議なことなどなにひとつないのだ」と言いますが、諸君、小生まだまだ修行が足りないようなので、この世に不思議がたくさんあります。映画やレコードの話もしようと思いましたが、きょうは終始、本の話でございました。どっとはらい。

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