ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 五線譜という名の線路を辿り、きみと奇跡を探しに行こう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天晴、忌野清志郎


2009年5月2日、午後11時過ぎ。TBSテレビだった。有名アナウンサーが画面の中で言っていた。

「速報が入りました。……イマワノセイシロウさんが、亡くなったとの……」

イマワノセイシロウ?

だから、最初は別人じゃないかと思ったんだ。だって、キヨシロウじゃないし。セイシロウはともかく、清志郎は、キヨシローは死なないはずだ。キリストみたいに、一度復活さえしてみせた、彼は。

その日の午前中に、ちょうど清志郎さんの名前を家族との会話で何とはなしに出していた。何日か前に来た友人からのメールは、何とはなしに「トランジスタ・ラジオ」の曲名と、歌詞の一部を引き合いに出して彼女の思い出を語っていた。
つまり私にとって、あるいはロックンロールが好きな多くの人にとって、清志郎さんやRCサクセションは、そんな風にいつも、ずっと、共にあるもので。今まで絶え間なく、ひと時も休むことなく、清志郎はそういう存在であってくれていた。

忌野清志郎が死んだ? あのキヨシローが?

私はたぶん、これからずっと、あのとき彼の名前を間違えたヤスズミシンイチロウアナウンサーに対して、根の深い反感を抱き続けるのだろうと思った。そんな反感はお門違いと分かっていて尚、きっとそうなのだろうと思った。

朝まで眠れなかった。何度も、何度も、薄い夢を見た。全部が清志郎さんのたちの悪い冗談だったというオチだった。清志郎さんは「ごめん、ごめん」と笑っていて、私たちは「ジョークにしてはきつすぎるよ、清志郎!」と、泣きながら笑っていた。目覚めるたびに夢なのか現実なのか考えた。どっちが現実なのか判断がついているのに、信じたくはなかった。希望のような絶望のような豆電球が頭上にぼんやり光っていた。
それから、今寝ている部屋がとつぜん傾いて、何もかもが崩壊する夢を最後に見た。日本のロックンロールにとって、清志郎を失うということは、つまりそういうことなのだ、と私は思う。

そして清志郎を失った私たちの新しい一日が始まり、暮れて行った。

まだ泣いている人がいる。
「ありがとう」と言った人がいる。
信じてない人もいる。
みんな、それぞれいろんなかたちで、清志郎の不在をのみこんでいく。

私はどうすべきかまだよくわからない。
彼の不在を飲み込むことができない。
ひどくさみしい。
昨日と比べて、世界は少しだけ色を失ったように思える。
目の前のグレープフルーツは清志郎さんが生きていたときの世界のグレープフルーツより、
ほんの少しつまらないもののように感じるし、
目の前のお茶は清志郎さんが生きていたときの世界のお茶より、
ほんの少し不味いように感じる。
ひどくさみしい。

「忌野清志郎」という大きな空洞と共に、しばらく私は歩もう。
ほかの何かでこの穴を埋めることなんてできない。

少し照れたような笑顔のまぶしかった人。
かみつくようにロックンロールをうたった人。
恋をすることや、愛し合うことになんのためらいもなかった人。

「おれみたいにどこかへ行っちゃったやつが帰ってこられるように、祈りをこめて歌います」

清志郎さん。
いつでも帰ってきてください。
そして私と話をしましょう。
聞かせてください、誰も知らないロックンロールの物語を。

忌野清志郎、享年58歳。

天晴な、まこと天晴なロックンローラーです。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://howlincats.blog114.fc2.com/tb.php/220-3544735a

 | HOME | 

Calendar

« | 2017-11 | »
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

Monthly

Categories

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Appendix

ましま にあ

ましま にあ

Hey ho,let's go!

ましまにあと直接連絡を取りたい方は
mashimania(´・ω・`)hotmail.co.jp
(´・ω・`)を@に進化させて下さい!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。