ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 五線譜という名の線路を辿り、きみと奇跡を探しに行こう。

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鉄カブト2/からっぽのしあわせ


今にも崩れそうなライブハウスでギターを弾く君を、真横で歌いながらずっと、ずっと見ていて、ぼくはいつかこんな瞬間が来るのじゃないかと怖れていたよ。
「……キヨシが死んだって」
連絡がつかなくなった君を案じて、電車もなくなった深夜、ひとり歩いて君の住む部屋までたどり着いたぼく。
「キヨシが死んだってさぁ」
「……知ってるよ」
だから、君を心配して来たんだよ。憧れのロックスターだったキヨシに心の底から惚れ抜いて、いつかキヨシとセッションしたい、それがなによりの夢だった君が、キヨシがとつぜん死んだというニュースが流れたいま……いったいどうしているのだろうかと。
ぼくはそれだけが心配で。いてもたってもいられなくて。
相変わらず鍵の壊れたままの無用心な君の部屋のテレビはつけっぱなしのまま、布団は敷きっぱなしのまま、ギターマガジンは開きっぱなしのまま、3本もあるギターはアンプに繋ぎっぱなしのまま、そして君は、まるで銃弾でも受けたみたいにごろりと倒れたままで、呆然と染みだらけの汚い天井を見つめていた。
中学生のとき、キヨシの曲をラジオで聞いて天啓を感じ、翌日にはエレキギターを親にねだったという君。
キヨシに会いたいと、キヨシに少しでも近づきたいと、ただそれだけの思いでここまで来た君。
ぼくらのバンドはやっとメジャーデビューを果たし、ライブハウスに来てくれるお客さんも徐々に増えてきて。
「いつかキヨシと同じステージに立てないかなあ」
なんて君のミーハーすぎる呟きも、前よりは幾分現実味を帯びてきたこのとき、電撃のようにぼくらを貫いた一報。
ぼくは靴を脱ぐことも忘れて君の部屋に上がりこみ、きみを無言で手荒く引き起こす。細いくせにきれいに筋肉がついて、うらやましいほど整った体型を持つ君の身体は、今日ばかりは温めたゴムのようにぐにゃりとしてまるで力が入っていない。
立てた膝になんとか君を凭せ掛けて、顔を覗き込んでみるけれど君の表情は変わらない。
「……キヨシが」
それしか言わない。
ずるずると僕の手から滑り落ちていくおもたい君の体。
ぼくの言葉はどうしても君に届かない。
不意に安物の蛍光灯が瞬いて世界は一瞬闇に包まれ、そして君よりも先にぼくが泣いた。
ぼくが泣いたのは、たぶん、キヨシが死んだからじゃない。


ぼくらのバンドは無期限の活動休止になった。


そしてぼくは、まるで人形のようになった君と同居を始めた。


「燃え尽きてしまったのだろう」と医者は言った。そして深い鬱状態に落ちているのだと。
君はぼくを待たず、たった一人で知らない橋を渡っていってしまったのだ。
処方された薬を飲んでも君の様子はぜんぜん変わることがなかった。眠っているか、まるで惰性のようにぼんやりとぼくが出すほんの少しの食べ物を口に運ぶか、君にしか見えないキヨシの姿を目で追っているか。
これは気の長い自殺だ、とぼくは思った。
君はゆっくりと死につつあるのだ。いまこのときも、キヨシの後を追っているのだ。

君はきっと、もう抜け出せない。キヨシの死から立ち直れない。今の状態からよくなることはおそらくない。
けれど、これ以上悪くもさせない。君を死なせることはこのぼくが許さない。
四六時中、ぼくは君の側にいる。着替えさせ、ご飯を食べさせて、薬を飲ませ、君が眠っている間に買物に行き、またご飯を食べさせて薬を飲ませ、話しかけて小さく歌を歌い、夜は君が眠れるまで、眠らないで側にいる。
君にひとつも届かなくても、ぼくは毎日、毎夜、そうやって君に手紙を綴り続けている。君がもうこのままだと心の底から絶望していても、きっと治るさ、と騙された振りをする。
からっぽの君が、ぼくは好きだ。
燃え尽きた君が、ぼくは羨ましい。
乾ききって涙も出ないほど、こんな風に人間を辞めてしまうほど、ひとつのものに執着しとことんまで愛した君に、ぼくは吐き気がするほど憧れているんだよ。
ぼくは実際に時々吐く。君の姿を見ていて、堪えられなくてトイレで吐く。
その汚物は美しい。
目をそらしたくなるほど美しい。黄色い胃液の縁が輝いて腐臭がして、けれどどうしようもなく、ぼくはそんなものに焦がれる。


「そろそろこっちに戻って来る気はないの?」
シャワーすら嫌がる君のためにドライシャンプーを買って、首の周りにぞんざいにタオルを巻いて、ぼくは君の髪を静かに洗いながらそう問いかける。
液体がついて少し重くなった君の髪は、こないだぼくがざくざく切ってしまったから前よりもずっと短い。
でも、そういう髪形も似合うよ。長髪でギターを弾くのがカッコイイと言っていた、以前の君だったら、きっとひどく眉をしかめて、しゃれた皮肉を吐き捨てるだろうけれどね。
俯きがちの君の目は相変わらずどこを見ているのかわからない。
ぼくには想像もつかない深い深い悲しみに沈んだままの、とろりとした、けれど妙に聡い目のいろ。
君はきっと知ってるんだ。
ぼくが君をどうしたいのかを。
ぼくが君にどうしていてほしいのかを。

(こっちに戻って来いなんて
 ほんとうはこれっぽっちも思ってないくせにね。)

「……ごめん、ちょっとだけ、煙草、吸ってくる。待ってて」

またこみ上げる吐き気を覚えたぼくは後ずさり、慌てて手を洗い、後ろ向きの君を残したままで煙草の箱を引っつかんで外に出た。
前はお互い山のように吸った煙草だけれど、最近はぼくしか吸わないし、煙のにおいでせっかく眠った君を目覚めさせてしまうことがあるから、吸うときは外で、と決めていた。
タオルを巻いたままの君の首筋は白く、ドアを出るとき目の端に移る姿は子供みたいでちょっとだけ、滑稽だ。

銀色のUFOみたいな形の灰皿が、少し歩いた先の自動販売機の前に立っている。
深々と煙を肺にためて、長い時間をかけて吐き出した。
ちらちらと赤い火口が揺れている。
ぼくが今まで出会ってきた全ての人間の中で、いちばん才能豊かで、なにもかもがすぐれていた君。
感情が激しく、だからこそ硝子のように尖って脆く、大好きなものを決して手放そうとはしなかった、強情で、不自由な君。
ギターをかき鳴らす君の隣で、ずっと歌っていたいと思っていたよ。
君がもうギターをかき鳴らさなくても、ぼくは君の隣で歌い続けるよ。
ぼくが吐き出した煙が空に登っていくのを見つめながら、いま、部屋にひとりでいる君のことを考えた。
君はいつものように少し首を傾けて、じっと座っているんだろう。
例えばぼくがこのままどこかへ行ってしまったら、もはや思い出の中だけに居を定めた君はどうなってしまうんだろう?

煙草を吸いながら、また、強く強く君を思うと、泣けた。
いくら泣いても、どんどん心が渇くのが不思議だった。
ドライシャンプーの涼しいにおいが煙草に混じって溶けて、曲がり角を曲がって消えた。
いつだってぼくの手に余る君。
濡れた後ろ髪。寝かせようと抱き上げれば、ずるずると確かに重みを持って滑り落ちていく半身。物言わぬ唇。それなのに拒絶の色をはっきり浮かべる瞳。やわらかな赤い舌。
けれどぼくの手に余る君だから、ぼくは君が好きなんだ。
煙草の火をその眼に押し付けたら、君がどんな声を上げるだろうかなんてこと……もう二度と考えないから。

……キヨシ。
ありがとう。
ぼくに彼をくれてありがとう。
「命なんていらない」という言葉を実践した彼を、ぼくはぼくの命の限り守ろう。
彼の中に沈殿する全てのあの人の思い出とともに、ぼくは生きよう。


ああ。
ぼくはいま、とても幸福です。
幸福すぎて吐き気がするほど、幸福なのです。

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