ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 五線譜という名の線路を辿り、きみと奇跡を探しに行こう。

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シュルレアリスム展/国立新美術館

ゴッホ展以来の国立新美術館、確かゴッホのときは平日にもかかわらず、チケット販売所から既にけっこう人が並んでいたが……まだ始まったばかりのはずのシュルリアリスム展、ガ ラ ガ ラ だ。おかげでゆっくりと観られて良かったけどね。シュルリアリスムの絵画や作品には有名なものもいくつかあるけれど、総じて「ああ、きれいだな」「ほんとうにじょうずだな」というものではないからな。あまり人気はないのかもしれない。絵画の分類でも「印象派」っていうならまだなんとなく「こういう絵かな」って想像がつかないこともないけど「シュルレアリスム」っていうと「つまるところどんな絵だ」「そもそもシュルレアリスムって何なんだ」と、いかにもシュールに思考がねじれて行きそうじゃないか。でも、好きなんだよなぁ、私、大好きだ、シュルレアリスム。しっくりと自分になじむ気がする。

解釈もいろいろあるんだろうけど、私の思う「シュルレアリスム」は、すごく単純に言うならば、例えば路地裏の欠けたビールの瓶が月に照らされているところ。ただのゴミやガラクタもシュルレアリスムにかかれば、そこに美しさを見出すことが出来る、そういうものの見方。マザーグースで言うなら「きれいはきたない、きたないはきれい」か。私の思考のあっちこっちにもシュルレアリスムは色濃く影を落としているね。
現実を疑って、上位現実を見出すために夢をひとつの手がかりにしたり、自動筆記のような方法を使って、悪く取ればいたずら描きのような絵も芸術に含めたり、アイデアというか、ただのたちのわるい思いつきというのか、シュルレアリズムはメンタルに偏る部分の多い芸術なので、説明がしづらいな。ただ、こういう想像力に重きを置いたタイプの芸術というのは政治との相性が悪いようで、私の観たところでは、時代のせいもあるんだけれど、やはり政治的な部分との関連を主張するあたりから急に面白くなくなっていく気はする。初期のね、アンドレ・ブルトンという首謀者が狂熱に浮かされたように「シュルレアリスム宣言」を発表してね、うわっ、すげえ考え方をするやつがいるな、この考え方で行ったらこういうのもアリなんじゃねえの、と、それまでまとまらなかったたくさんの力が「シュルレアリスム」と名を与えられて一気に花開いたときが、やっぱりいちばん面白いな。詩の分野で、絵画の分野で、彫刻の分野で、同じようなことを思っていたやつらがひとつの小さな呼び声を聞きつけて、レミングみたいにいっせいに走り始めるときというのが、歴史には往々にしてあるのだな。アンドレ・ブルトンという男は、まったくすごいよ。彼はシュルレアリスムひとつを武器に、世界を再構築できるんじゃないかとさいごまで戦った勇者なんだなぁ。

いまさらながらマン・レイのモノクロ写真シリーズがとても良かった。数学的オブジェにこれほどの美を見出すことができるなら、シュルレアリスムは確かに魔法だ。ロートレックをもっと現代風にしたような、マグリットのデザインセンスばつぐんの不思議に無機質な絵画も好きだ。ダリの絵はあいかわらず質感豊かでとろけそう。なめたらどんな味がするんだろう。少し苦いかもしれないな。それにしてもシュルレアリスムの絵って、見ていると疲れるぜ。絵画を描くほうのみならず、観察者であるわれわれにもいつだって疑問を投げかけ、緊張を強いてやまない。ぜんぜん静謐じゃない。100年経っても彼らの作品は熱っぽく雄弁に語りかけてくるんだろう。「君はどう思う?」「何を描いたと思う?」「シュルレアリスムは好き?」「きみはシュルレアリスト?」

展示物のシュルレアリスム雑誌「ミノトール」って聞き覚えがあると思ったら、中島らもさんが奥様の実家で見つけたという幻の雑誌だな。らもさんもシュルレアリスムにかぶれていた人だった。シュルレアリスムの先行であるダダイズムを、私は彼の小説で知ったのだ。彼のまねをして、ダダやシュルレアリスムを含む多くのフランス文学を、酒に酔いながら読んだこともある。いまとなってはどんな内容だったかひとつも覚えていないが、その香気漂う文章たちは私の血となって、いまもこの体を駆け巡っているような気がする。あいしているよ、らもさん。

……突拍子もないことを言うと、シュルレアリスムはちょっと真島さんの歌にも似ている。ひとの悪い微笑。美しい表層をわざわざ切り裂いて、その中身を見たいというやむにやまれぬ欲望。韻律に囚われず、新しい手段を使うことをためらわない身軽さ。世界に意味を与えてはまた無化していく破壊の過程。私はシュルレアリスムと真島昌利に同じ夢を見て惹かれている。私の好きな人たちは、みんな少しずつシュルレアリストなのだな。

「いとしい想像力よ、私がおまえのなかでなによりも愛しているのは、おまえが容赦しないということなのだ」

アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」で使ったこの言葉は、例えば「想像力」を「ロックンロール」に置き換えても私には納得がいくものだ。私にとって、自分を含めた世界はいつまでたっても怖い場所だ。私の想像力は私に容赦をしない。私のロックンロールは私に容赦をしない。私の世界は私に容赦をしない。だから、こんなにもいとしい。


私たちは相変わらず進化のひとつもできないままで、翼もなくいまだに空を飛ぶことすらできずにいるが、想像力をこの2本の手で織り上げて、紙飛行機にして飛ばすことができる。そこから見る世界は、たぶんシュルレアリストの観る夢のように魅力的なんだろう。


シュルレアリスム展/国立新美術館
HPにはいくつか展示作品が掲載されていて、おもしろいです。

コメント

しゅるれありすむ

作品を何個か見ましたが、凄く不思議。
描かれているモノははっきりとわかるんだけど、じゃぁなんで足が空に浮いてたりその後ろから空が伸びてるの?って考え出すとわからない。
分からないからおもしろい。

それにしてもホームページの、リサとガスパールのしゅるれありすむ入門のページが可愛すぎる。

なんだかよくわかんないこの感じ。
よくわかんないけど、いいですね。おもしろい。
ちょうど日曜日から東京に行くので時間もあるし行こうかな、なんて思ってチケットのページ見たら「リサとガスパールのお得な特別チケット」なんてのが。
ああ、しかしもう買えない!【セットB】がほしかったー!ああ万年筆。

二アさん、こんにちは(^^)

普段はどちらかと言うとヒロト派ですが、『オーロラの夜』のPVのマーシーを見て、この世にこれ以上美しいものなどあるのだろうか、いや、ない。と確信した今日この頃です。

シュルレアリスム展、良いですね!シュルレアリスムについてちょっとばかし勉強していましたが、何とも言い難い支派です。考えるより、本物を見た方が早いと思いました。

名前からして言いずらいです。シュルレアリスム。噛んじゃいます。
ましままさとしも大分言いにくいですが、
そういった意味でも似ているかもしれません。マシュルレアリスム。


3月から東京国立近代美術館で開催される岡本太郎展には是非行きたいと思っています(^v^)

常駐ヒロトスキーくん
あなたは絵を描くひとだから、きっと実際に見たらもっと面白いだろうと思うよ。ほんとに、目の前で見たからと言って何かわかるということでもないんだけどさ、いろんなことを考えるのがたのしいよね。絵との対話があるというのかなあ、そう言うのがとても好きなんだ。

マシマシ詐欺さん
リサとガスパール、人気がありますねぇ。確かお土産のコーナーに少しだけどリサとガスパールのコーナーがありましたよ。マシマシ詐欺さんも絵や写真を良くする人だから、きっと足を運んだら面白いと思います! 「不思議だけど、惹かれる」っていうの、やっぱり彼らの音楽と似ているところありますよね。

おふみさん
コメントをありがとうございます!
「オーロラの夜」のマーシーはなんだかもう「キャーッ」って叫んで部屋中を転げ回りたいくらい、体中が中から痒くなるような(シュルリアリスト的表現)美男ですものね。
シュルレアリスム、仰る通り難しいんですよ……。ちょっと間違うとただの「いたずら書き」ですからね。今回の展示物の中にもかなりそれに近いものもあったりなかったりするのですが、ぜひご自分の目でご覧になって頂きたいと思います!

岡本太郎展! 素敵! それ、私も行きたいです!

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