ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 五線譜という名の線路を辿り、きみと奇跡を探しに行こう。

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騒がしい空

日蝕を明日に控えて、なにやらおそらがさわがしい雰囲気ね。初めて日蝕を見たのはいつだろうと、昨日から暇にあかせてつらつら考えて、小学生の頃に部分日蝕を見たことがあるのを思い出した。前日におとうさんが飲んだビール瓶と、黒くやけてしまったカメラのフィルムを持って団地の屋上に上がって空を見上げた記憶があるのだ。たぶん夏で、半袖で、暑い時間帯だった。ビール瓶を透かしてみた世界は全部がどろりと琥珀色に歪み濁って、まだ少し、アルコールの匂いが瓶の口からは漂って、私はあのとき、カルピスのほうがビールなんかより断然すきだった。フィルムを2枚重ねにしたやつは真っ暗すぎてなんにも見えず、そういえば、瓶やフィルムを透かして世界を見た記憶は色濃いものの、実際にどんなふうに日蝕を観察したのだったか、その思い出は、あんまりない。

いちばん思い出がはっきりしているのは、2009年の日蝕で、そりゃそうだろう、つい最近だものね。そのときはまだ旦那ではなくてなんだかよくわからないふわふわした存在だった同居人、現旦那の仕事を強制的に休ませて、手をつないで海岸まで太陽を迎えに行った。当日は関東地方は曇りだったけど、晴れても雨でもなんでも、とりあえず日蝕を見に行くつもりだった。いつものように午前6時半に起きてご飯を食べて食器を洗って、特にどうということもない服を着て、どうということもなく出かけた。平日だったから、当たり前に会社に行く人はたくさんいて、わがまま言って会社を休ませたくせに「ねえ、君はいったい会社になんと言ってきょうの休みをもらったの?」と旦那に聞いたら、彼は「……日蝕なので、と言ったよ」と素直に静かにそう返した。

なんか世界の終わりみたいだなあ、と思ったことを覚えてる。

テレビでは日蝕のことを過熱報道気味に繰り返し繰り返し特集していて、でも、それに関わらず働いている人もいて、日蝕なんて特に無関心な人も、それはいろいろいるんだろう。それで私たちみたいに、きっと世界の終わりがくる朝も、普通にご飯を食べて、普通に出かけて、ものみ高く海辺へ終末をみにいくような人もいて、たわいない話をしながら海岸を歩いて、曇った空を時々見上げて、ぼんやりと全てが終わるのを待っている。困ったことに、私はうすぼんやりとしあわせだった。きっと、どうしようもない破滅や終わりというのは、私たちの事情に関係なく、いつかとつぜん訪れるのかもしれない。しかも、ぜんぜん納得いかない感じで、メソメソと。けれどそのときは、この「世界の終わりの予行演習」通りに、またこうして手をつないで、好きだった人たちのことを考えながら、また彼とこうして手をつないで、海辺に立ちたいと思った。どうということもなく、いままで幸せだったとか、そうでないとか、湿った話をすることもなしに、ただぼんやりした目を空に向けて、まったくの阿呆みたいに空を見ていたい。私と彼は、出会った瞬間に「この人と結婚する」と思うような運命的な感じは全くなかったけど、だからずるずる10年以上もただつきあってきたんだけど、よく考えると、あの日蝕のときかもしれないな、結婚というか、一生この人といるかもしれないなあ、と感じたのは。「こいつと一緒に世界の終わりを見るならいいな」っていうのは、ずいぶんネガティブな希望のようにも思えるけれど。

私は心のどこかで、ずっと世界が終わるのを希求しているんだと思う。いまでも。それが見たいと願っている。妊娠しようが、こどもが生まれようが、それは変わらない。世界がとろけて、片端から人智の及ばぬ力に呑まれて行くなら、それが見たい。どうしても見たい。だから生きている節がある。逆説的なようだけれど、それがたぶん、ほんとう。想像の範囲外のことが好きだ、自分の範疇をあっさり超えて行くものが好きだ。ロックンロールやある種の小説が好きなのもたぶん同じ理由からだ。機会があれば、私はいつか来る世界の終わりのために予行演習をしているわけだ。あしたもきっと、晴れても曇っても、私は旦那とどこか日蝕の見える場所に立っている。私の中にはもうひとり、それこそ私の想像をはるかに超えているわけのわからない生き物がいて、それで私はやっぱり世界が終わることを夢想する。あした私は幸せを感じるのだろうか。世界が終わらないで続くことに、いつものようにほんの少しだけがっかりしたりするんだろうか。それとも、生まれ来る命のために、何かいままでなかったようなポジティブな感慨をちょっとは抱くことができるのだろうか。


日蝕はおそろしい負のパワーなので、妊婦は見ないほうがいいなんて話も聞きますが、私は見るよ。あした、晴れたらいいね。私とチビッコは、まだ一心同体のままでいます。

コメント


にあさんはちゃんと日蝕グラスを買いましたでしょうか?わたしの働いてるところではお客さんが「日蝕グラスありませんか?」とやたら聞いてきますよ。ちゃんとしたグラスかけないと目を痛めてしまうので気をつけてくださいね~。

お腹のベイビーさんもちゃんと日蝕グラスかけて見るんだよ~笑

ジジさん
ワクワクしすぎてフライング気味に今年のはじめ頃にもう日蝕グラスを手に入れていました。お気遣いありがとうございます。何か、日蝕グラスは粗悪品もたくさんあったようですね。
きょう、私の住んでいた街は曇っていたのですが、奇跡的に金環のときに雲が切れ、日蝕を見ることが出来ました。世界はその刹那にも思ったより明るくて、私は日蝕に死よりも再生を感じました。

チビッコもきっと私の腹の皮をすかして空を見上げていたと思います。少しまぶしそうに顔をしかめて。

もう出てきてもいいんだぜ!

ましまにあさん、お腹の赤ちゃん こんにちは(´∀`)

昨日は金環日食で大変な騒ぎでしたね
金環日食 しっかりとみることができました(*´∀`*)

私もましまにあさんと同じくいつも世界の終わりを望んでいたりします
むしろ世界が壊れなくても自分が壊れて終わればいいと気持ちの方が強いかもしれないです
だからましまにあさんの文章読んで涙が出ちゃいました
世界の終わりを望んでいるひとが他にもいたんだなぁっと…

予定日はもうすぐなんでしょうか
私は予定日より2週間遅れて出産しました
私の場合は病院にちょっと問題があったんですけどね(私みたいなケースはなかなかないですけどね)

出産はすごく不思議でましまにあさんの身体が赤ちゃんを産み出したいという欲求と赤ちゃんが外に出たいという気持ちが上手に重なってすごく自然な形で成されます 心配は無用です 自分と赤ちゃんを信じて自然に任せていれば大丈夫です
ですから どうぞリラックスして残り少ない妊娠生活を楽しんでくださいね
産まれちゃうと戻したくても子宮にはもう二度と戻せませんから…(´∀`)

ご無事の出産を心よりお祈りしてます♡

みーたんママゴンさん
金環日蝕、とっても不思議で面白かったですね!

私はたぶん臆病で底意地の悪いところがあるので、ひとりで壊れるのはぜったい嫌なんですよw「自分が壊れればいい」と思えるみーたんママゴンさんは、きっと優しいのだと思います。私は、自分だけが終わるのは断固拒否で、壊れるときには大嫌いなやつも、大好きな人も巻き込んで、全部死んで何もなくなるのがいいです。

出産予定日は5月の末なんです、お医者さんから散々「もうすぐかもね」って脅されてたんですが、ここに来て「ありゃ、思ったより居座りそうだね」って診断され、両親や旦那から「産む産む詐欺」と言われています……。

太陽をつかんでしまうと世界の終わりがやってくる。
アイツと同じように、ライブの最後にアノヒトのテレキャスの弦が切れたんだよ。
ゾーッとした。

日蝕を怖くて見ることができず、
ひとりでシーツにくるまって泣いていた。
金環日蝕なんて、
腐ったハラワタを綺麗なお砂糖でコーティングしたアノヒトのギターみたいだ。
どこにも辿り着かない洞だ。

あ、
私が洞から這い出した日になった。

tokageさん
お誕生日おめでとうございました! 誕生日というのはいつまでだっていい日であると思います。明るいほうへ、ね、少しでも明るいほうへ、どんどん明るいほうへ、そう願っています。

私の中の洞からは、いまだ原人、現れず。のんびりやさん(´・ω・`)

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