ハ ウ リ ン キ ャ ッ ツ

 五線譜という名の線路を辿り、きみと奇跡を探しに行こう。

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ハッピーバースデーどらむすこ!

エイトが!
6月1日で!
1歳になりました!!

ここまでの1年、実にロングワインディングロードだったような、F1が過ぎ去るくらいのはやさで過ぎたような、時間の感覚がおかしいことになっています。ライブでもそういうときがあるけれど、すごく楽しいライブって、ライブ全体はね、うわあ、もう終わり? って思うじゃない? でも、例えばマーシーの胸を伝う汗とか、ヒロトさんがハープを口に持って行くまでの仕草とか、そういうのが記憶を引っ掻いて、いやに長い時間みたいに記憶されることがあるでしょう。エイトの笑顔や、初めて拍手したとか、ハーイって手を挙げたとか、そういう刹那のひととき、私はそれをきれいなビー玉みたいに心の中でぎゅっと固めて、永遠に変えている自分を感じるよ。永遠って人が作れるのかもしれない。人は永遠の魔法をちゃんと知っているのかもしれない。私の心の中には、いま綺麗なビー玉がいくつもいくつもあって、さらさら涼しい音を立てて、いつでも転がってはちかちか光っているんだよ。

変わるというのはいいことだな。やっぱり変化しなきゃいけないんだ。その変化が否応無しにくるものなのか、自分で選べるのかなら、私はやっぱり自分で選びたい。ヒロトさんは、ほんとうにまっとうだ。「変わらないものなんてなにひとつないけど 変わるスピードが違ったんだな」そう、問題は変わるスピードだ。ただ手をこまねいてまわりが変わって、仕方ないから自分が変わるのを待つのか、自分から変わろうとするのか。私は、エイトを産むまでわりとぼんやりして、めんどくさがって変わろうとしない人間で、いまでもそういう良くない部分があるけれど、エイトのことだけは何もかも正解だった。素晴らしい体験だったし、それがまだまだ続くということに興奮しっぱなしだ。そして、今の私は「変わりたい」と切実に思うことが出来ている。それだけでも、まずは大きな変化だ。

よく言えば、今までの私は自由で、無我夢中だった。やりたいことをやった。でも、責任は放棄していた。明日のことなんてあまり考えなかった。周りの人のことも、仕事のことも考えなかった。問題はそのことを自分で「ちょっとかっこいい」風に勘違いしてたところだ。将棋で言えば、成らずに歩のままで敵の陣地に飛び込んで行ったようなものだ。もちろん、よく考えた上でのそういう生き方もあるとは思うよ。でも、私はとにかく、成りたくなかっただけだ。だって、成ったら成ったなりの責任が出て、もっといろいろ考えて動かなきゃいけなくなるし、ほかの駒の動きも見なくちゃいけなくなる。成らないなら身軽で、ほかに迷惑もかけないから、自由でいいし。
そうやって成らないでただ一直線に進む歩に憧れたりする人もいるし、そのがむしゃらな動きを賞賛される場合もあるんだろう。でも、いま、私は成りたい。このままではいられない。必死で成って、成金に返って、違う進み方や、違うものの見方を手に入れたい。もっともっと魂を磨きたい。責任を持った、ちゃんとした一人前の大人になって、エイトに恥ずかしいところを見せたくない。


変わらないものなら、もう、要らない。変わり続けて良くなったものを、私はもう一度この手に握りしめよう。
人間、あんがい簡単に強くなったり弱くなったりできるもんだな。


こないだ、エイトがつみきで遊んでいるのを横目に久しぶりにぼんやりテレビを見ていたら、大阪で母子が餓死したというニュースをやっていて、もう、どうしようもなく胸が詰まった。いままで自分勝手きわまりない歩兵で、そんなやわな感情を鼻で笑っていたはずなのに、私はとても安易に、同情し同調してしまった。亡くなった子供は3才だった、どんなにおなかが減って泣いただろう。もしもエイトがそんな風になったら私はどうするだろう。母親の方だって、子供が泣いていて心が痛まなかったはずはない。きっと自分を責めたろう。何度、ごめんねと言ったんだろう。寒かったろう、夜は怖かっただろう。なんで誰も助けられなかったんだろう?

ものすごく、弱くなった。弱くなってしまった。骨粗しょう症の大腿骨みたいに感情がモロモロだ。これからも、いままでどうとも思わなかったニュースで、あっけなく泣いてしまったりすることがあるんだろうなあ。それはいいことなのかなあ。それとも、いいことでも悪いことでなく、それもまたただの変化なのかなあ。わかんないや。

おっと、エイトが1歳になったというご報告から、ずいぶん脱線したね。1歳坊やへのバースデープレゼントには、リズムポコのドラムセットをあげたんだよ。ここのおもちゃが好きなんだ。木で、優しくて。夢中でドラムをたたくドラムスコ、いま、勝治に絶賛変化中の1歳児、エイト坊や! ジャーン!

ドラムスコ。

明日あさって、渋谷で奴らのライブですね!行かれる方は、どうかどうか楽しんで!

5月の風にはロックンロールのにおいがしたんだぜ。

ロックンロールには誠に良い季節。やあ、みんな、元気? クロマニヨンズのホール巡りが決まったってほんと? 情報にやたらうといこのごろです。極端なんだ、昔から。とにかく何でもかんでも、いらない情報まで必死で収集してしまうか、全部わからなくなるほど放っておいてしまうか。適度ってことがよくわからない。しかも、どっちにしたって極端すぎてあまりいい結果が出ない。収集しすぎた情報というのは選別しなければただのゴミだ。でも、今の私はクロマニヨンズのツアー情報にとどまらず、世間的なニュースに関してもあまりに何も知らな過ぎるって思う。適度って難しいな。

エイト、もうすぐ1歳です。この1年、ものすごく彼とべったりして生きてきました。いまはまだ渦中だけれど、あとで考えたら、もしかしたら私の一番いいときというのは、この1年にあったと思い返すのかもしれません。いまのエイトはつかまり立ちとハイハイで高速移動、私の後を追いかけ回してトイレまで入ってくるプチ☆ストーカーです。不幸にして男子にこれほど好かれ追っかけ回された経験がないので、ちょっと嬉しいです。しかもイケメン(私調べ)。あっ、いや、エイトはね、世間一般に見るとそんなにすごく可愛い! ってタイプのお子さんじゃないんだけど、うん、目も一重だしね、髪も薄いし……でも天然ネコくちで生意気キュートだし、肌も綺麗だし、スマートで背丈があるし、これはもしかしたら将来かなりのかっこいい子になるんじゃないかしら(私調べ)。それにしても、日に日に人に近づいて行く彼に脅威を覚えているよ。

何人かの友人が、この夏に子供を産みます。みんな、元気でいいお産を、と祈っています。私は多くのことにおいてまだまだ若輩者で確実なことは言えませんが、それでも、こどもは素晴らしいです。もし機会があるなら、産むと本当に面白いと思います。
べつべつの人格になってからもう1年近く経つのに、いまだに私とエイトの間にはなにか強く深い「糸」のようなものが繋がっている気がして、それは例えるなら、エレキギターとアンプのような関係なのです。私はアナログな人間なので、マイクもエレキギターも、もちろんレコード機材やipodもちゃんと線でつながっているものの方が何となく安心できるのですが、私とエイトもシールドでがっちり結ばれているように思うのです。私のイメージの中では、そのシールドはましまさんのシールドみたいなしなやかでまっすぐなものではなく、ねじねじのコイル状で、これはたぶんウィルコ・ジョンソンのギターに肖っているのでしょう。エイトのあのちいさな体はほんとうに楽器のようで、空を見てはこころの弦をふるわせ、花を見てはふるえ、あらゆる世界に共鳴しています。それを増幅しているのが私で、エイトの心の震えを感じ取ったとき、私もふるえ、エイトと同じように感じ、叫び、彼の喜びや悲しみをふたりで抱きしめたいと思うのです。そういえば、エイトは私の最愛のギター、SGのジョニーにどこか似ています。ちょっとやんちゃで、トンガっていて、私の手に負えないところもあり、時々デレデレで、まだまだ成長過程です。実に可愛い。

クロマニヨンズのライブになかなか行けず、レポートなんかももちろん書けないので、ろくでもない更新をしてみました。でもたぶん、彼らのライブはいつも通りかっこいいのだろうし、元気にワハハワハハと言いながらかっ飛ばしているのだろうな、と信じています。ああ、ライブに行きたいなあ、と、愛しのましまさんの笑顔や、その横にいたような気がするヒョロヒョロの歌に胸焦がれ、夢に見る日がないわけではありませんけれど、ライブに行けなくてもこんなにすばらしい日々を送れるものなのだなあ、などと、いまは割合のんきなものです。全国のヒロトスキーやマシマニアたちはどんなふうに暮らしているのでしょうか、ライブ行ってる? 
そういえばこないだ、ヒロトスキーとマシマニアっていうのはどこから来てるんですか? ニアさんの造語ですか? って質問のメールが来て、返事を書いたらまたうまく送れなかったんだけど(どうも最近そう言うのが多いな)、大学時代に私のまわりでは「オフロスキー」みたいに「〇〇好き」をのばしてロシア人の名前風に発音するのが流行ったんだよ。それでこのブログで何とはなしにヒロトスキーって書き始めたんだよ。だから真島さんの方はマシマスキーでも良かったんだけど、マシマニアはちょうどマニア、になるから、二重の意味でいいなあと思ってそう書いたよ。だってぜんぶ同じように「〇〇スキー」とか「〇〇マニア」じゃダッセェじゃん。コビシタンとかカツジストっていうのも書いたことあるけど、思ったよりいろんな人がハウリンキャッツでこういう言葉に馴染んで使ってくれたのは嬉しかったよ。こんな返事でいいのかな。

というわけで、なかなかメールの返事も書けず、書いたと思えば送れずに自分のところに戻ってくる昨今ですが、あきらめず、私はここでどうにかこうにかがんばって行こう。私とエイトががっちりと繋がっているように、きっと私とクロマニヨンズ、そしてもちろん、私ときみもしっかりと繋がっているんだろう。そう、まるでエレキギターとアンプのように。素敵にいかしたでかい音のあのエレキギターを、美しき我々のハルカナヤマ、富士山と同じくらい大きなアンプに突っ込んで、やろうぜ、騒々しい笑い声のロックンロール。5月の空に響け、ロックンロール。

邂逅(そして、新しい旅)

朝もやの立ちこめる橋の上でなつかしい友人にばったり出会った。子供のとき以来会っていないはずなのに、彼は昨日も会ったみたいにごく自然に「やあ、元気?」と聞いてきた。

ずいぶん久しぶりだね。

「そうだね、でも、また会えた」

こんなところで会えるなんて思わなかった。

「そう? ぼくは、きっとまた会えると思ってた」

私ね、子供を産んだんだよ。

「知ってる。待ちかねてたよ。エイトが来たら、きみはきっと、またぼくをここに呼ぶだろうと思ってた」

濃い朝もやは、ミルク色。しっとりと重く、まるで魔法みたいに、私と彼の間に流れて行く。いまの私の肘くらいまでしか身長のない彼と、その昔、手をつないで大冒険に出かけた日のことを私はふと思い出す。船に隠れてみかん島に渡った朝、波止場には確かこんな風にミルク色の深いもやが立ちこめていたのだった。彼と行った数々の大冒険に心がぐっと詰まって、私は衝動的に言葉を紡ぐ。

おぼえてる?

「おぼえてるよ」

ほんとうに?

「なにひとつ失われたものなんてないよ。ぼくも、きみも。だいじなものって、そうそう簡単には無くさないんだ。ただちょっと、旅に出たりすることがあるだけさ」

私、遠くへ行って、そしていま、あなたのところへ戻ってきたのかな?

「きみも、ぼくもだよ。また会えた。もしもいま、何かをなくしてしまったかもしれないときみが思っていたとしても、それがほんとうに大事なものなら、永遠に失うなんてことはない。きっとまた、こうして出会うことが出来るんだ。ほら、ごらんよ! 新しい船だ!」

振り向くと小さな美しい金色の船が、遠くの岸辺でもやい綱を解くところだった。

「あれがぼくたちの船だ。さあ、大冒険に出発しよう!」

私たちを祝福するように、ばらばらと、ももいろの棒つきキャンデーの雨あられ。


絵本の13ページと14ページの間でずっとずっと私を待っていてくれた、古くからの友人の名前はエルマー・エレベーター。私とエイトは、リュックサックを背負って、これから彼とりゅうを探す旅に出ます。きっと、私だけでなくほかの誰かの親友でもある、素敵な素敵なエルマー・エレベーター。優しく勇敢で、いつだって小さな私の憧れだっただいすきなエルマーに、エイトを得て再び巡り会えたことが、私は本当に嬉しい。

「コウモトヒロトくん? 知ってるよ」

彼もぼくの最高の友人だよ、そう言って、エルマーはへたくそなウインクをしたんだよ。

4月?! 嘘だろ?!

今日が4月1日、エイプリルフールだってことに震撼する。なぜこんなに早く月日が経つのだ。だまされている気分だよ。毎年毎年ハウリンキャッツではあれこれとエイプリルフールを開催してきたが、今年ばかりはこっちがだまされてる。いや絶対きょうはまだ3月でしょ。世界的に私をだまそうとしているな! 暦までいじくりやがって! だまされないぞ! まだ3月だい!

悪あがきはこれくらいにして、さいきんツアーのあれこれでメールを下さった方、ありがとうございました。とある店のましまさんのサインを写真に撮って送ってくださった方、あまりに素敵なメールで感激し、本日未明「ギターのましまです」という件名でメールをお送りしたのですが、うまく送れずに戻ってきました。ちぇ、エイプリルフールのつもりだったのに。

そういえばエイトがまだおなかにいた去年のエイプリルフールには旦那とそろって北斗の拳にハマり、実家の父と母に「こどもの名前はラオウにしました」とメールを送り、本気にした父と母が家族会議を開いた結果「なんて言ったってあのふたりが親だもの、本人たちの意思に任せよう、でもラオウじゃラーメンみたいだからいちおう一言だけ忠告しよう」とおそるおそる電話をかけてきて、エイプリルフールだよ、と言ったら激怒され、そのあとしばらく実家の電話が不通になる、といった事態が起こり、難儀した覚えがあります(自業自得)。お父さんお母さん、いくらなんでも兄弟喧嘩で世界を巻き込んで、しかも弟にやられる長兄の名前はつけないよ。ケンシロウならともかく。

そんなラオウ、もといエイトは本日10ヶ月ベイベになりました。立ったり座ったり伝い歩いたりハイハイしたり、忙しいボーヤです。ライブに行けないとか、自分の好きなように動けないとか、時間がないとかいろいろ大変なこともありますけど、それでもこいつが元気ならまあいいや、ほかのことはちいせえちいせえ、と思えてしまうあたりに子育ての面白さというのはあるのかもしれません。

それにしてもロックンロール気取ってここまで来たんですけど、最近エイトと一緒に見ている教育テレビ、いまはEテレって言うのかな? その夕方からの番組の数々、「おかあさんといっしょ」とか「みいつけた!」とか「にほんごであそぼ」「フックブックロー」が面白くて面白くて。「おかあさんといっしょ」の家がイエーイ! の歌とか、ドコノコキノコとか、くだらないだじゃれなんだけど韻を踏んでいて聞いていてきれいだし、きっとこういうの、子供が喜んですぐ覚えるのだろうなと思う。ましまさん、だじゃれが好きだし、歌ってそもそも歌詞の音を合わせて行くものだし、という言い訳をしなくても子供向けの歌を聞いていると妙に安心感があるのは、クロマニヨンズのフンカーとか俺カレーみたいな歌に体が慣れている証拠かもしれない。あと、みいつけた! のオフロスキーに一瞬で心を奪われて、まいにちまいにち微妙に恋心を持って見ているあたり、私の男の好みもゆるぎねえな! と改めて思う。(オフロスキーって、検索してくれればわかるけれど、私はましまさん系のキャラだと思うのよ……)

さて、きょうは柏でクロマニヨンズライブですね。行かれる皆さん、どうか楽しんで。行かれない皆さん、私と一緒にライブレポートなどをわくわくして待ちましょう!

涙の香り、影を抱く

ぼちぼちクロマニヨンズライブの感想をメールなどでいただいております。ほうほう、そんなセットリストで! とか、マーシーのギターシールドが! とかいいながら、すべてありがたく読んでおります。よくね、「ニアさんにはきっと誰か他の人がレポートを送っていると思ったから、私の感想なんて」とかおっしゃる方がいますが、みんながそういうふうに「ニアさんは大丈夫」と思ってくださると私は、あれっ?! ヒトリボッチ?! になってしまうので、きみの見た景色、きみの感じた思い、そういうきみだけの大事なものをちょっとだけ私に教えてくれたら、私はその端っこをカリカリかじりとることが出来るから、嬉しいんだぜ。ロックンロールは案外、端っこのデロデロしたところも美味いんだ。

渋谷のライブはやはり行けないので、私の気持ちを一緒に連れて行ってくれるであろうお嬢さんにチケットをお譲りしました。かのじょからのレポートがくるのも楽しみだな。いっかいくらい、私もライブ行けたらいいんだけど。でも、エイトがかわいい。別にライブ行ってもいいと言われてはいるが、行ったら行ったできっとエイトが恋しくなるに決まってる。ライブ行きたいけど、子供がかわい過ぎる。うん、贅沢な悩みだな。最高だ。
出来れば夜じゃなくて昼にライブやってくれたらもっと行きやすいのに。やっぱり子供は寝かしつけがたいへんだからさ。そう思ってるロックンロール育児中なひとはたくさんいると思うんだよな。既に休日のライブがかなり早めで5時開場、6時開演とかなんだから、いっそクロマニヨンズも土曜日の1時開場、2時開演とかで昼間のライブやればいいじゃん。そしたらマーシーもおうち帰ってお風呂入ってビール飲んでゆっくり眠れるじゃん。地方から来る人も夜までの電車・バスで帰れるし、子供を持ってる人は歓喜するし、ハッピーソングさん、どうですかね、昼間のライブ。

エイトが先月の終わりにとつぜん這い始め、這い始めたと思ったらつかまり立った。いままで床の上の2次元で生きてたのにきゅうに3次元。面食らったのはこっちも同じだ。もっと段階的に進むんじゃないの、こういうのは。ふらふらしながらもテーブルの足などにつかまり立って得意げな顔をしているのを見るとおかしい。そしてかわいい。まいにちまいにち爆発するいのち。岡本太郎の使う赤い色が不意に目の前に浮かんでは消える。形容詞などなくても、という言葉がすとんと腑に落ちる。

7ヶ月8ヶ月くらいがわりと楽で目を離していても遊んでくれていたのでいくらか本が読めたが(とうとうローレンス・ブロックのケラーシリーズを全巻読み終えた。長編「殺しのリスト」がなかなかなくて、さんざん探したが手に入れられなかったのをふと思いついて図書館で検索したらあった。なんだよ! やるじゃん図書館!!)エイトが這い始め、やつはいま触れるものすべてが面白く楽しくてしょうがないので、私はそのあとを追いかけ回してティッシュの箱やらギターのシールドやらを「これはダメだ」と取り返す任務に従事している。長いものを意気込んで読むわけにいかなくて、細切れになったショートショートなどをちょこちょこ摂取。それでいい本見つけた。野尻抱影「星三百六十五夜」。星に魅せられ研究を続けた著者が1年のすべての日によせて星にまつわるエッセイを書いている。抱影さんの文章も端正で非常にいいが、古今東西、星の故事や詩について実に博識なことにも驚かされるし、表現が豊かでうるわしいので宇宙を見上げたい気分にさせられる。自分の誕生日の項目を探して読むのもおもしろい。
まず、抱影、って名前がうつくしいよな。ものすごくセンスいいよ。野尻抱影だもの、すごい。敵わない。これに匹敵する名前と言えば、「抱」つながりで島村抱月……でも抱影のほうがセンスいいな。あとは黒岩涙香くらいか。涙香もものすごいいいな。赤新聞、三面記事で名高い昔の東スポ、万朝報の編集長だ。名前で絶世の美青年を想像するとずっこける感じがまたすごくいいのだ。いいね、抱影、影を抱く。涙香、涙の香り。昔みたいにこういうネームを自分につける文化がまた到来したらいいのに。漱石。鴎外。足穂。うん、足穂もいいな。乱歩。鏡花。安吾。みんな素敵だ。

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